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仙台地方裁判所 昭和36年(わ)31号 判決

被告人 成田徳治

明三一・一二・五生 会社社長

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は

被告人は昭和三四年三月二五日頃、株式会社前山工業所代表取締役前山庄太郎より、被告人の婿鈴木文夫名義で、仙台市柳町通り一八番地の三宅地一四坪及び同一八番地の四宅地一三坪六合二勺及び右宅地上に建てられてあつた木造便利瓦葺平家建工場一棟建坪一八坪を代金六二万円で買受けたのであるが、前記建物につき、債権者庄司鋭男のため根抵当権の設定せられていることを知りながら、同年八月五日午前八時半頃より同日午後四時頃までの間に、人夫十数名を使用して右建物を解体し、以て抵当権の設定されている被告人所有の前記建造物を損壊したものである、

というのである。

そこで(証拠省略)

を総合すると

一、昭和三四年三月二五日頃、仙台市柳町通り一八番地の三宅地一四坪、同番の四宅地一三坪六合二勺の土地を、その所有者前山庄太郎から被告人の婿鈴木文夫が買受け取得したが、同時にその地上の木造トタン葺平家建建物一棟、建坪一八坪の所有権をも右鈴木において所有者株式会社前山工業所から、その代表取締役をしている前山庄太郎との契約により譲受取得するにいたつたこと、右の契約は被告人が鈴木文夫のため交渉して成立するにいたつたこと

二、右建物は、鈴木文夫がその敷地である前記土地利用の目的が主であつたため、取毀しの目的で取得したものであること

三、右建物は登記簿上、地番が実際と相違し、仙台市柳町通り一七番、木造便利瓦葺(後でトタンに葺替えられた)平家建工場一棟建坪一八坪と表示され、これに債権者庄司鋭男のため、債権元金極度額二五万円とする根抵当権が設定され、昭和三三年一一月一六日受付をもつてその登記がなされており、右地番の相違は区劃整理に伴い建物を移動したことが原因となつていること

四、被告人が右建物、敷地の所有者である鈴木文夫の依頼により、右建物に庄司鋭男のため根抵当権の設定されていることを知りながら、昭和三四年八月五日、人夫一〇数人を使用し右建物を解体したこと

以上の事実が認められる。

ところで右認定のように、抵当権の目的である建物が一八番の三、一八番の四の地上に存するにかゝわらず、登記簿上はこれと相違し、その地番が一七番と表示されている場合においては右登記の更正のない以上、建物抵当権者はこれを以て敷地所有者に対抗し得ないものと解するのが相当である(昭和一三年一〇月一日大審院判決、大審院民事判例集一七巻一八一八頁参照、右判決は建物保護法による土地賃借権の対抗要件に関するものであるが、抵当権の場合も特にこれと解釈を異にする理由はなく、敷地所有者は、他の地番上にあるものとして登記された建物抵当権をもつて対抗される理由はないものと考えられる)。即ちこの敷地所有者はその所有権行使に制約を受けることとなる建物抵当権を無視し得るというべきである。たゞ本件の場合敷地所有者とその地上の抵当建物所有者は同一であり、建物所有者たる以上抵当権に制約されるような観がないではないが(もつとも建物所有者としても登記地番の不一致による対抗の問題があるけれども、この点はしばらく措く)、敷地所有者たる立場からすれば、建物所有者が別個である場合と別段差異を設けらるべき理由がなく、特に前記認定のように土地とともに、取毀しの目的でその地上の建物所有権を取得した場合、敷地所有者がその地上の抵当建物の所有権を取得することなく、その所有者に対して収去を求める場合と、建物除去の関係からすれば、特に区別さるべき理由がないものといわなければならない。

以上の認定、解釈からすると、鈴木文夫は土地所有権者としてその地上の前記建物を、抵当権を無視して解体し得る法律上の立場にあり、これを解体することは土地所有者としての権利行使に属するものと認め得べきものであつて、被告人は右鈴木文夫の依頼により、その法律上なし得ることを実現したものと認め得られるのであるから、結局において被告人の所為は罪にならないものと認むべきものである。

よつて刑事訴訟法第三三六条に則り被告人に対し無罪の言渡をなすべきものとし主文のとおり判決する。

(裁判官 畠沢喜一)

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